残された3つの選択肢 議会制民主主義への不信と危機を誘発したブレグジット・クライシス

 英国は3月29日23時(英国時間)をもって欧州連合(EU)から正式離脱する予定です。英国に課された3つの選択肢、すなわち離脱協定案を受入れ、3月30日より定められた移行期間に入るか、協定案再交渉で離脱期限自体を延期するか、合意なき離脱をするかです。

 今週中に3つのどれかが英議会で決まる予定ですが、合意なき離脱の場合は3月30日をもってEU側の諸法令は効力を失い、EUにとって英国は域外国となり、通関業務など国境管理業務がいきなり発生し、混乱するのは必至です。離脱強硬派は離脱協定案を認めておらず、延期しても英議会通過は困難と見られています。

 EUでは5月に欧州議会選挙が控えており、離脱の延期が選挙を跨ぐと英国人の投票権が発生し、問題になります。すでにドイツの政府諮問委員会の有識者らは、欧州議会選挙にダメージを与えれる事態になれば、英国を告訴すべきとドイツ政府に忠告しています。

 キャメロン政権下で2016年6月23日に行われた離脱の是非を問う国民投票は、議会制民主主義発祥の地としては、きわめて異例な直接民主主義の手法をとりました。国の行く末を決定するあまりにも重大な決定を国民から権限を付託された議員だけで決めることへの重圧が理由だったといわれています。

 国民投票で思い出すのは、2004年の欧州憲法条約の批准の失敗です。批准は議会あるいは国民投票で行うことが定められ、結果的にフランスとオランダが国民投票で批准を否決したため、憲法を定めることを諦め、基本条約として成立した経緯があります。

 当時、フランスにいて、フランス国籍の妻のもとに、欧州憲法条約案の分厚い文章が送られてきましたが、フランスのメディアは、誰がこの全文を読むのか、内容を理解できる人間は何割いるのかと疑問を投げかけました。憲法には高度な理解を要する法律用語が散りばめられ、説明会は開かれても判断できる人間は限られていました。

 結局、国民の気分として国家の主権が危うくなることを心配する人も多く、ちょうど主要加盟国で自国のアイデンティティとも考えられていた通貨がユーロに切り替わる時期と重なり、急激すぎる変化に不安が拡がったことも否決の理由といわれました。

 ブレグジットの国民投票でも、多額のEUへの分担金の支出がなくなれば、国民はもっと豊かな生活ができるという正確な根拠に欠けた情報が離脱強硬派から流布され、住民の多くが日産工場で働くサンダーランド市でさえ、離脱が残留を上回りました。今はスウィンドン工場閉鎖を決めたホンダの決定を中止するよう英議会前でデモが行われています。

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 結局、英国がEU に離脱の正式通告を行った2年前から今に至るまで英領北アイルランドとアイルランドの国境問題を解決できず、それが最大のネックとなり、事態は危機的状況に陥っています。もともと英国はイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの連合国で、1国としての統治は困難です。

 国民投票でスコットランドはEU残留を支持し、北アイルランドも残留が離脱を上回りました。紛争に明け暮れた北アイルランドは、経済的には陸続きのアイルランドとの関係が深く、合意なき離脱では紛争の再開リスクを抱えています。この問題、本当は英国が北アイルランドをアイルランドに返還すれば解決できる問題ですが、誰もが絶対に口にしない話題です。

 なぜなら、気の遠くなるような英国とアイルランドの闘争の歴史があり、近年はナショナリストのアイルランド系カトリック住民と、ユニオニストのスコットランド系プロテスタント住民の血みどろの紛争があって、1998年にようやく北アイルランド議会の設置にこぎ着けているからです。返還案など出そうものなら、くすぶる火に油を注ぐことになるからです。

 しかし、合意なき離脱自体が危機を誘発する恐れは十分あると専門家たちは指摘しています。英国には北アイルランド以外、陸続きの国境はなく、その地域が英国最大の政治問題とされてきたことは、この国アキレス腱といえるものです。

 今残された選択肢の中で、誰もが支持できるものはないかもしれません。つまり、国民投票の決定事項を国民の意向に従って遂行するだけの結果にはなっていないからです。結果、政府と議会に対して国民は失望し、政治不信が高まり、議会制民主主義が過去にない危機に晒されているよう見えます。

 英国に離婚を言い渡されたEUは、完全離婚は望まず、英国の強硬派から見れば、あの手この手で厳しい条件をEUは押しつけているように見えるのでしょう。しかし、このままいくと離婚協議は破綻し、両者は最悪の道に歩み出す可能性もあります。国民投票時に今の事態を想像できた有権者はいなかったのではないかと思います。

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安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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