ノートルダム大聖堂大火災を見つめるカトリック教徒の複雑な思い

Inside_Notre_Dame,_3_August_2014
    ノートルダム大聖堂のミサ

 ノートルダム大聖堂の大規模火災後、世界中から再建のために寄付が集まり、どれだけ価値ある存在だったかがメディアで報じられています。人々は悲しみに打ちひしがれながらも、建物自体が崩落しなかったことや、約9割の収蔵品の宝物が助かったこと、8,000本からなる世界1ともいわれるパイプオルガンやバラのステンドグラスが生き残ったことで、奇跡を口にする人も少なくありません。

 中世建築の専門家たちは再建の議論を始め、マクロン大統領はパリ5輪の行われる2024年までの再建を宣言し、フランス政府は焼け落ちた尖塔部分の再建でデザインを世界中から公募することを明らかにしました。世界中がノートルダム大聖堂の偉大さを讃え、建築史のアイコンとしての価値を再認識する時を過ごしています。

 しかし、大聖堂は他のパリを代表する建造物とは種類が違います。確かに、もし凱旋門やエッフェル塔、ルーヴル美術館、オペラ座、ヴェルサイユ宮殿などが何かの事故で崩落したとしても、世界中に同じような衝撃が走るしょう。しかし、ノートルダム大聖堂はカトリックという宗教によって存在し続けた建造物であり、観光寺になっているとはいえ、今も現役の大聖堂です。

 権力者が権勢を誇るための建物でもなく、戦争の英雄を讃えるためのものでもなく、建築的野心と冒険のシンボルでもありません。ノートルダム大聖堂は、フランスの他の地域同様、人々の信仰心によって建てられ、生き残ってきたキリスト教文明の遺産であり、今もその目的で使用されているものです。

 ゴシック建築のカテドラルは人々の信仰心を鼓舞するために計算し尽くされた建物で、基本は東のエルサレムを向いて礼拝できるように建てられ、空から見れば十字架の形をしています。東から登った太陽がキリスト像を背後から照らし、日中、ステンドグラスを通して御堂の中に神秘的な色合いの光が差し込み、夕方のミサでは正面入り口の上のバラ窓から夕日が祭壇を照らすように設計されています。

 電気のない時代に外光をいかに効果的に建物内に取込み、神秘的空間を演出するか計算し尽くされています。そこにパイプオルガンの効果的な響きが計算され、今回焼け落ちた尖塔の真下、十字架状の建物の要の部分が、礼拝をする時に、最も効果的に音が響くように作られているそうです。

 この話はフランス歌曲、教会音楽の声楽家、立木稠子さんから教えてもらった話で「尖塔の真下で歌うと鳥肌が立つような感動的響きになる」と経験を語っていました。そこに聖画や彫刻、イエスの生涯をかたどったレリーフ彫刻などが飾られ、視覚、聴覚を総動員した総合芸術で、字の読めない人々も、その神秘的な空間で毎週の聖日の礼拝で人間を超えた神の存在を感じてきたわけです。。

 無論、カトリック教会は権力に寄り添ったことで、国の予算が投じられたために大規模建築が可能だった一方で、権威化し、聖職者の腐敗は、近年では小児性愛という犯罪を引き起し、信頼を失墜させているのも事実です。

 しかし、私の身近にいるフランスの篤実なカトリック教徒は、今回の火災でノートルダム大聖堂の価値がいかに讃えられても、複雑な思いは消えません。それは左派政権のミッテラン時代にカトリック教会が社会の隅に追いやられたことに始まり、過去最低の信者数に落ち込んでいるからです。

 1905年に成立したライシテ(政教分離法)は、ミッテラン時代にカトリック教会の弾圧という形で表れ、私立校(フランスではほとんどがカトリックの教会が運営)への補助金を極端に減らし、政治だけでなく、教育や文化の分野でもカトリックの影響を極力排除した経緯があります。

 そのため、老朽化したノートルダム大聖堂も何度も根本的な修復が叫ばれながら、政府は逃げ腰だったことをイタリア・メディアなどが批判しています。日本では報じられていませんが、共産党系の若者が集るサイトで、無残な姿になった大聖堂をあざ笑う声が上がり、国営TVフランス2は、寄付が大聖堂再建に集中することでお金が他の慈善事業に行かないことを懸念する報道をしています。

 実は日本よりはるかに高かったフランスの寄付の文化は、目に見える形で衰退し、人々は寄付よりは投資や貯金にまわす傾向が強まっているといわれています。弱者救済はキリスト教精神のコアな部分ですが、その精神も失われつつあるということです。

 カトリック教徒であれば、ノートルダム大聖堂の再建は国を挙げ、国民の信仰で行うべきものと考えているわけですが、それは期待できないと彼らは考えています。信仰の火を絶やさないために大聖堂を再建するという発想そのものが、すでに中心でなくなっているように見えます。尖塔の新しいデザインを無神論者にやらせるかもしれません。

 それに今ではイスラム教徒が500万人にもなっており、カトリック信者を凌ぐ勢いです。ノートルダム大聖堂は大モスクに建て替えられる日が来るという冗談は、日に日に現実味を増していると指摘する人もいるくらいです。それでも大火災を神の警告と捉える人はマイノリティーにしか過ぎないといわれています。

  復活祭を迎える特別な聖なる1週間の初日に起きた大火災は信仰を強める意味があるという神父もいます。パリ市のモットー≪ Fluctuat nec mergitur ≫(たゆたえども沈まず)は、2015年11月のバタクラン劇場のテロでも、リピュブリック広場に掲げられましたが、今度はどうなるのでしょう。


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安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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