型破りのジョンソン首相の交渉術 果たして熟練したEUの交渉スキルを上回ることができるのか

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 英下院は29日、欧州連合(EU)と英国が締結した離脱協定を事実上一部反故にする「国内市場法案」を賛成多数で可決しました。同法案は離脱協定で合意された英領北アイルランドのプロトコル(手続き)をほごにするもので国際法に違反するとして、5人の首相経験者全員が批判し、法務担当の要人2人も既に政権を離脱しています。上院での行方が注目されます。

 この一度合意した離脱協定の国際法を軽視するジョンソン英首相の暴挙は、英国の国際社会での信頼を失墜させかねないものです。しかし、同首相は1年前にも同じような暴挙に出ていました。

 昨年のまさに同じ時期、ジョンソン首相は、就任後70日で離脱期限1カ月を切った段階で、ようやくメイ首相が欧州連合(EU)との間で合意した離脱協定案に替わる代替案をEUに示しました。それも議会審議させないために夏休み明け議会を強引に休会する暴挙に出ました。

 結果、司法に国会休会という暴挙は違憲とされましたが、状況としては昨年10月17日からEU首脳会議が開かれることを念頭に、その時点で代替案が承認されなければ、合意なき離脱になるか、総選挙するか、再度の国民投票か、あるいは再度離脱期限を延期するか、誰も予想できない状況でした。

 このブログで当時書きましたが、ビジネス交渉で用いられる交渉での時間的に追い込んでいき、相手に時間的余裕を与えないことによって自分に有利な結果を相手から引き出すタイムプレッシャーの手法のように見えました。それも自分の足下の議会には議論の時間を与えようとしない暴挙でした。

 ジョンソン氏の政治手法とも取れるもので、自分の思い通りに物事を動かすために、時間的余裕がなくなった時点(今回は通商交渉締結期限3か月を切った)で、相手にショックを与える提案を行ったりして、圧力を加え、有利な結果を引き出すやり方のように見えます。

 しかし、リスクもあります。昨年は前代未聞の議会休会が違憲とされ、議会を開かざる得なくなりました。今回は上院で国内市場法案が否決される可能性も消えていません。無論、その場合の次の手も考えているのでしょうが、あくまでもEUという相手のある話です。

 そのEUは1日、英国の国内市場法案に対して法的措置を開始しました。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、同法案を巡り1部撤回を求めたにも関わらず英国が応じないため、離脱協定の条項にのっとり、法案の1部撤回を求め英国に正式通知の書簡を送ったことをを明らかにしました。

 同書簡に英国は1カ月以内に返答する必要があり、欧州委は英国からの返事を検討の上、満足できなければ欧州司法裁判所に提訴するという流れです。自由貿易協定(FTA)交渉の最終局面にある英・EU間は、この提訴で合意なき離脱の可能性が高まり、来年1月から大混乱が生じる可能性も否定できません。

 EUと英国は現在、離脱移行期間にあり、英国側は10月15日までにFTAの合意がなければ、移行期間終了の12月末以降、英国とEUは、FTA合意なしで世界貿易期間(WTO)ルールに従って貿易を行うことになるという最後通牒を突きつけています。

 それも昨年12月に合意し、今年1月に英・EU双方で承認した離脱協定の「北アイルランドに関するプロトコル(取り決め)」を書き直す国内市場法案が提出されたことで、FTA交渉に圧力を加える結果になっています。

 新型コロナウイルスで、客観的に見れば英国の方が追い込まれているように見えます。離脱協定にあるEUに支払う莫大な清算金もコロナ禍で膨れ上がる対策支出や経済減速が、完全離脱と重なっているからです。仮にFTAノーディールで離脱すると、企業は関税と貿易障壁の打撃を受け、経済に甚大な悪影響が及ぶ可能性もあります。

 果たして豪腕のジョンソン首相の交渉術で難局を乗り越えられるのでしょうか。ヨーロッパの長い歴史は交渉の歴史であり、EUは国際的交渉事には熟練しています。EU27ヶ国を相手にする英国側はコロナ禍で追い込まれています。今になって英国内に離脱撤回議論が起きているのも今の状況を考えると当然かもしれません。

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安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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