仕事の優先順位は価値観から 公的で捨て身のクライシスリーダーシップが全てを救う

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 1995年、阪神・淡路大震災が起きた時の話です。神戸製鋼の神戸製鉄所は壊滅的な被害を受けました。この時、同製鉄所の所長だった光武氏(著者の高校の先輩)がとった決断は、リーダーたるものが持つべき姿勢について多くの教訓を与えてくれるものです。本人から直接聞いた話です。

 光武所長は地震発生当日、自宅から製鉄所に駆けつけ、その壊滅的な被害を見て言葉がなかったといいます。一旦帰宅し、じっくり一晩考えたそうですが、製鉄所が閉鎖され、社員が職を失った場合のことなどが脳裏を離れず、自分の無力さを感じ、結局、夜中に、まずは辞表を書き、本社に自分の身を委ねることを決断しました。

 ところが、辞表を書き始めた途端、脳裏に製鉄所の復旧に向けた具体案が次々に浮かんできたそうです。まずは製鉄所に貢献し、自分を支えてくれた社員を生かす道を最優先に考え、さらに、自分を育ててくれた会社や顧客、地域社会に対して何ができるかを考えたそうです。

 退路を断って辞表は書き、完全に捨て身になった光武氏は翌日、会社に責任者を招集し、自分の思いと復旧へのプラン作成を指示しました。現場へ視察に来た当時の亀高社長に辞表は提出するつもりでしたが、復旧への強い思いも沸き起こっていました。

 亀高氏は、製鉄所の惨状を持て「これは復旧は無理だろう。一部従業員は近くの加古川製鉄所に移し、閉鎖するしかないんじゃないか。所長はどう思うか」と聞かれて、「私も従業員たちも復旧に挑戦したいと思っています」と思いを伝えたそうです。

 すると社長は「わかった。お前がそう言うなら、やってみろ。本社は全面支援するから、政治家や官僚の助けが必要なら、いつでも相談してくれ」と、光武所長と社員を全面的に信頼し、任せることを決断したそうです。

 まずは社員が復興に集中できるように生活安全確保を最優先し、自宅が倒壊した社員を開いている社宅などに移動させ、生活再建を支援したそうです。さらに明確な復興計画の優先順位を決めたそうです。

 結局、4から5ヶ月を目処に立てられた復旧プランは、社員の不眠不休の働きで、3ヶ月後には製鉄所の心臓部でもある炉心に火を入れることができ、この時のことはNHKのプロジェクトXでも取り上げられた感動的な出来事となりました。

 光武氏は同製鉄所から供給されている製品が世界中の自動車製造工場で使われており、供給がストップすれば、世界の自動車生産が止まることを当時、初めて知ったそうです。そこで他社に同じ製品を作るよう要請することを考えたそうですが、さすがに部下からは「技術も開示しなければならないし、顧客をとられる」との反対意見もあったそうです。

 それでも光武氏は「何年もかけて培った技術だが、われわれはさらに進化すればいい」「顧客が困ることはできない」と決断し、同業他社に相談し、仕事を受けてもらい、顧客への供給を維持したそうです。その後、復旧とともに同業態者に渡した仕事の多くは戻ってきたそうです。

 さて、この事例に示される教訓を考えてみると、私はまず、所長が辞表を書いて捨て身になり、自分を無にして完全に利他的になったことを挙げたいと思います。危機に直面すると保身に走る人が多い中、完全に利他的思考を持ったという話です。

 社長が所長を信じた決断も大きかったといえます。クライシスマネジメントでは関係者、特にリーダー間の信頼関係が結果を左右します。

 たとえばコロナ対策で、当初、失敗が伝えられた英国のジョンソン政権内では、今年になって首相の上級顧問カミング氏が辞任し、首相や保健相を批判していますが、カミング氏を含め、政権内の軋轢がリスク管理に悪影響を与えたのは明白です。

 神戸製鋼の震災復興では社員、会社、顧客、地域社会を考慮して復興の優先順位を決めたことでした。その所長の思いは部下に伝わり、所長と部下が完全に一つとなり、凄まじいエネルギーが生れました。つまり、危機に際しての関係者の強い信頼関係、己を無にして利他的な正しい価値観を持ち、優先順位を決定できたことで不可能と思われた復旧をなし遂げることに繋がったという話です。

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安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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