法の支配の限界見えるEU リベラルEUが直面する過去にない試練で加盟国離れは起きるのか

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 欧州連合(EU)は今、過去にない試練に直面しています。それはコロナ禍問題でもなく、ロシアに揺すぶられるエネルギー危機でもなく、さらには景気回復問題でもなく、中東欧の加盟国ポーランドが投げかけているEUのルールそのものに突き付けられたEU統合のガバナンスに関わる重要な問題です。

 EUを離脱した英国は高みの見物状態ですが、そもそもブレグジットの最大の理由は、統合の要であるEU法が加盟国の法に優先されるという国家主権に関わるルールそのものを嫌ったことにありました。EUが統合の深化拡大を始めた1990年代から消えたことのないテーマです。

 「ブリュッセルで決めたことを自分の国に持ち帰って、国民に説明して納得してもらうのは容易なことではない」と友人のフランス人政治学者は当時、いっていました。実際、EU内にくすぶり続ける反EUや反ユーロを掲げる極右やポピュリズム運動も自国の主権が脅かされることへの反発が原因です。

 自由と民主主義、法による支配といいますが、法が自由を保護し、国民の意志によって決まるとすれば、そもそも欧州委員会に集まるEU官僚たちが机上で決めたルールを押し付けるのは無理があります。その批判を受け、欧州議会の権限強化を行いましたが、それでも欧州市民の民意を反映するには至っていません。

 今回、ブリュッセルが直面した問題は、ポーランドの最高裁が今月7日、EU法の重要な1部分を拒否し、ポーランドの法律の優位性を支持する判決を下したことによるものです。ポーランドは昨年来、人工中絶の全面禁止を決め、LGBT排除にも乗り出しています。ハンガリーも同じ流れです。

 多数を占めるリベラル・メディアは「1部の中東欧の国々は東西冷戦の後遺症で専制政治を続け、自由と民主主義、法による支配の原則が十分に理解できていない」「古臭いキリスト教の価値観で国民を縛ろうとしている」と非難しています。EUのスタンスも同じです。

 ところがポーランドやハンガリーで冷戦時代、命がけで信仰を守ってきた保守的な国民にしてみれば、共産主義の呪縛から解放された意味は、単なる開放ではなく、信仰の自由を取り戻した意味合いが非常に強いのも事実です。

 西側ヨーロッパが信仰を失い、何でもありのりベラルになり、社会道徳が失われる中、欧州議会を埋め尽くす議員の大半がリベラルです。ところがようやく信教の自由を取り戻したポーランドやハンガリーには、リベラリズムの浸透で社会秩序が崩れる危機感も持っています。

 仮に彼らが西側ヨーロッパで当たり前の同性婚や結婚形態の多様性に反対したとしても、EUのマジョリティの国が支持している現状では従うしかないというのが民主主義なのかという議論です。国体に関わるコアバリューについてEU法は国民の民意に優先されるとすれば、いくら経済的恩恵を受けたとしてもEUを出るしかありません。

 実際、ポーランドはEUに加盟した2004年以降、EUから多大な経済的恩恵を受け、経済的に脆弱な中東欧加盟国の中でも2008年の世界的金融危機の中、唯一経済成長を続けました。

 そのため、多くの国民は基本的にEUを支持しており、今月5日にはEUを支持する集会に10万人以上が首都ワルシャワに集まりました。ポーランド出身のEUのトゥスク前大統領もEUと亀裂が生じる事態を避けるために、再び、ポーランドの政治の舞台に復帰しています。

 EU判例法は、EUが国内法に対して優位性を持っているという原則に基づいており、ポーランドに対しては強硬姿勢です。これに対してポーランドは、EUを「恐喝」と非難しており、EUを長年けん引してきたフランスやドイツは、貧しい新参者が何をいうという構えです。

 ブリュッセルの首脳会議は、エネルギー問題、コロナ対策と経済復興、気候変動問題、アフガン難民や独裁国家ベラルーシの人権問題への対処、果てはEUの安全保障まで話し合うテーマや山積みです。

 しかし、英国に逃げられたEUは単にルールに従ってポーランドを罰する構えです。すでにポーランドに対してコロナ禍の復興基金の内570億ユーロの承認を紛争が解決するまで承認しない構えで、加盟国としてのポーランドの権利の一部停止にも踏み切っています。

 ブリュッセルに到着したメルケル独首相は「法の支配は欧州連合の中核的側面である」と述べ、「同時に、欧州裁判所での一連の訴訟は解決策ではないため、一緒に戻る方法を見つける必要がある」としてポーランドとの話を優先することを主張しています。

 EUのリスボン条約には、EU法が国内法よりも優先され、欧州司法裁判所(ECJ)の判決がその原則を支配することが付記されています。

 今回の問題で表面化した問題は皮肉なことにソ連邦の崩壊時にも見られた問題です。学生時代に左翼運動に身を投じていた評論家の故西部邁氏は1990年初頭、「国民が欲することをすべて把握し、与えられると考える統治体制などありえない」と私にいっていたのを思い出します。

 ルールを決めて国を統治するのが世界の常識ですが、そのルールそのものに疑問が呈された場合、そのルールを変える勇気はなかなかないものです。なぜなら、そのルールを勝ち取るために苦労した人々もいるからです。

 今回の紛争は、単にEUが民主主義とルールを守ることを理解できない「遅れた国」と対立しているだけの問題ではなく、ルールの背後にある思想的問題が絡んだ極めて複雑で深刻な問題と見るべきでしょう。

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安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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