日本人は劣化しているのか? 意欲の持続と思考力が摘み取られているとすれば変革の時

Componential-Model-of-Creativity-Amabile

 なんでも卒なく無難に物事をこなし、仕事をやり遂げる責任感も世界的に見て見劣りしない日本人なのに、なぜか日本の先が見えません。「数十年先には韓国に経済力で抜かれるでしょう」という日本人ビジネスマンにも世界各地で出会うことが増えています。

 その同じ人物から「負けないように頑張ろう」という声は聞こえてきません。「それでいいの?」と頭をかしげることが多くなっています。傍から見ても尊敬するような高い文明国が日本を抜いていくのなら、学ぶべきものも多く、仕方ないかもしれませんが、そうではないので問題です。

 これまでグローバルなビジネス現場に身を置いてみて、日本人であることで助けられたことは数知れません。生き馬の目を抜くような無法地帯ともいうべきグローバルビジネスの現場で「あなたが日本人だから信用する」という評価は、非常に大きな助けになることです。

 これもわれわれの先輩が長年築き、勝ち取ってきた財産といえるものです。無論、そんな評価も努力を怠れば、失われるのもあっという間でしょう。

 世界的に知られるワインの老舗、フランスのブルゴーニュのワインビジネスに関係した折、日本人がイメージしがちな老舗の暖簾の上にあぐらをかくような商売かと思いきや、実際には日々、競争力を持つ評価の高いワインの開発に謙虚な姿勢で取り組む姿に触れ、感心したことがあります。

 変化を繰り返す世界に正面から向き合い、過去の栄光にしがみつくことなく、常にイノベーションを繰り返し、時代にあった高品位の製品やサービスを提供し、高い評価を得ていく努力を怠らない姿勢の重要さは世界中同じだと思います。

 そのために必要なのは、意欲の持続と考え抜く思考力だと思います。日本人は守られた環境の中で得意のチーム力と誠実さ、組織への忠誠心を発揮し、発展してきました。しかし、終身雇用の終焉は人生の保証を組織がしてくれる時代の終焉を意味し、成長だけか知らない、ぬるま湯で育った世代は悲哀を味わうようになって30年の月日が流れました。

 ところがその間に組織的な保証がなくても生き抜く個人力が訓練された気配はなく、相変わらず、個人の夢や野心を最大限育てる教育もありません。それとは逆に特に教育の世界に侵食した健全な競争原理を否定する左翼思想によって意欲も思考力も摘み取られた世代が日本を動かす中心に立っているように見えます。

 それを象徴するのが大学入学共通テストだと私は考えています。記述問題は軽視され、正しい答えを選択する問題しかありません。欧米の大学入試であるような小論文や面接試験は日本には未だにありません。フランスの高校卒業資格試験で大学入学試験を兼ねたバカロレアでは論文は当たり前です。

 知識だけでなく、大学での学問の厳しさに耐えられる強い意志と忍耐力を確かめるはずの入学試験が、逆に正解だけを求める試験に置き換えられて半世紀が経ちました。高等教育に最も必要な思考力は軽視され、最初に結論ありきの一元的な正解の枠組みに人々を押し込めているように見えます。

 それに本来、学問は自由の保障が基本で、そこから創造性も生まれ、結果としてノーベル賞を取るような人類に貢献する新たな発見、発明も生まれるわけです。

 アメリカ同様、ナンバーワン志向の強い中国、韓国に、なぜ、ノーベル賞受賞者がいないかといえば、真似ること、盗むこと、嘘をつくこと、作り話をすることを当たり前に思っているからです。最初は真似ても、そのうち独自の改良を繰り返し、真似たもの以上の価値が付与されれば問題はないわけですが、そのための地味な基礎研究は嫌われます。

 理由は、光が当たることが最優先なために手段を選ばないからです。整形手術すれば人生の新たな道が開かれるという発想に似ています。外側だけ良くしても中身がフェイクの場合は崩れていくのもあっという間です。尊敬される文明国の必要条件は満たしていません。

 企業研修でケーススタディをしていると「正解を教えてください」といわれることは良くあります。優等生ほど、自分が正解できないと落ち込みます。しかし、異文化理解に正解があるわけではありません。それより考え抜く思考力、間違いを迅速に修正し、ベターな方向に改善するスキルが必要です。

 意欲やモチベーションには常に2つの要素があります。一つは組織など全体のために貢献する満足感の追求であり、2つ目は個人の目標を達成する満足感、喜びを得ることです。日本人に問われているのは後者で、社会の仕組みが組織優先なので、個人の目標を達成するリスクを恐れる若者は少なくありません。

 終身雇用は、人の使い捨てはしなかった代わりに、個人の目標は軽視されました。最近会った大手日本企業の部長クラスの人は「入社当時は自分に合わない仕事を次々に与えられても、徐々に実力を発揮できる自分に合った職域で仕事ができると思っていたが、今も状況は変わりません」といっていました。

 終身雇用が終焉することで、日本でも人の使い捨てが頻繁に起きている今の時代、個人のやる気が次の人生を切り開く原動力であることは確かなことですが、意欲をそがれ、自己否定させられ続けた過去があると、簡単に意欲がわいてくるはずもありません。

 今後、文明国の基準を満たしていないフェイクで大国に見せかける国がさらに台頭することが予想され、世界はカオスに陥る可能性もあります。日本は戦後の地味な努力の積み重ねで、せっかくアジアの中で唯一先進国の仲間入りを果たしたわけですから、今後は個人が組織の犠牲になる社会ではなく、組織が個人を活かす社会になることで文明度を高めていってほしいものです。

  
関連記事

プロフィール

artworks21

Author:artworks21
安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

カレンダー

04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

検索フォーム

QRコード

QR

コメント

非公開コメント