日本製鉄のUSスチール買収の行方 自国第一主義、国際ルールより国益重視の資本主義の潮流

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 自由主義世界が国際ルールとしてきた自由市場資本主義で先頭に立つはずのアメリカが、もはや中国に見習って国益重視のためにルールを無視した行動に出ているとの批判が出ています。アメリカは今、世界のルールを無視した国益重視の覇権主義と批判されている中国化が進んでいると米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は書いています。

 言わずと知れた日本製鉄が米国を代表する鉄鋼メーカー、USスチール買収で政府を挙げて阻止しようとして問題を取り上げています。思い出すのは1980年代後半、日本がアメリカを追い抜くのではないかと言われた時代、米政治家が日本車を公の場でたたき壊すなど、ジャパンバッシングが高まっていました。

 そんな時、「連邦政府とわれわれは違う」と日本企業誘致に積極的州から取材してほしいとの申し出があり、結果的にミシガン州、イリノイ州、フロリダ州、ユタ州を取材しました。これらの州の日本企業に対する評価は高く、特に自動車産業の聖地と言われたミシガン州にマツダの工場が稼働した頃で歓迎ムードでした。

 無論、ルールは自由市場主義の一つしかないとして、たとえ調子が悪い企業だからと言って、外国企業に買われることに不快感を持つ人々がいることや、国家の基幹産業ともなれば、安全保障上の問題も浮上するでしょう。事実、鉄鋼メーカーと軍事産業は密接な関係にあり、国家戦略に関わる極秘情報を守る必要があります。

 アメリカが日本製鉄USスチール買収に抵抗する理由は理解できますし、きわめて低調な軍事産業しかない日本とは認識において雲泥の差があります。太平洋戦争で日本企業が軍事産業と密接な米最大の鉄鋼メーカーを所有するなどありえないでしょう。ミサイル、戦車など兵器開発が日本に筒抜けになるなど考えられないことです。

 今のアメリカは、トランプ前政権で明らかになったように自由解放市場に参入しながら、多くの技術を盗み出し、富国強兵にまい進する中国が念頭にあるのでしょう。中国自由市場主義を最大限利用しながら、社会主義国家建設にいそしむという詐欺のような戦略を持っていたことに気づいたのはトランプ政権下でした。

 このアメリカのトラウマが、同じアジア人の日本へも向けられ、安全保障の観点からも国家の基幹産業は、外国企業には売り渡さないという動きが出てもおかしくはありません。アメリカは共和党であろうと民主党であろうと、日本よりはるかに安全保障に対する意識は高いわけですから、日本製鉄はそれを理解しているのかという疑念も生まれます。

 日本側は日米同盟があるから中国とは根本的に違うと主張していますが、裏切りが横行する世界の中で、信用できる国など1つもないという考えが世界に広がっています。つまり、グローバリズムはコロナ禍で足踏みした後、元には戻らない状況です。

 これはオバマ政権が明確に打ち出した世界の警察官をアメリカはやめるという意志表明で、世界秩序はカオス状態に陥った結果と見えます。そもそも超内向きの米民主党が政権を取るたびに世界は混乱してきました。1国が世界秩序の責任を持つのはいびつだとされ、国連中心主義に傾斜しましたが、ウクライナ紛争にもガザ戦争にも国連は無力です。

 今流行の国際協調主義も、非常にもろい信頼関係しか構築できず、最も深刻なのは世界のルールを決める中心がなくなっていることです。「それでも経済はいいじゃないか」という人も多くいますが、実態は世界のマネーが漂流状態にあるということだと思います。

 仮に自国第一主義が世界に浸透し、世界のルール作りに無関心になれば、結果的には各国の国益を守ることには繋がらない無秩序と不信感がはびこるしかないでしょう。私はジャパンバッシングの時にアメリカ取材を繰り返す中、多くの州は産業の空洞化に苦しみ、日本企業を救世主のように見えていた現実を見ました。

 アメリカのトラウマは、開放的市場を利用してアメリカの掲げる自由と民主主義とは真逆の社会主義国家建設に力を貸してしまったことです。問題なのは市場閉鎖ではなく、国益を損なう企業の排除にあるということです。USスチールの買収はどうなるか分かりませんが。今のアメリカの態度は排他的なユダヤ人に似ています。

 つまり、ユダヤ人以外、誰も信用しないという態度です。イスラエル政府(ユダヤ人)がパレスチナ人に対して抱く不信感は日本人は想像できないレベルです。私はイスラエルを数回取材して、最も強く感じたことの一つでした。

 それはリスクマネジメントとはいえません。大切な仲間も敵に回すのは適切なマネジメントではないからです。確かに太平洋戦争の敵国日本をアメリカは信じられないという意見もあるでしょうが、非常に保守的なアメリカの地域を取材しても、反日感情は殆ど確認されませんでした。基本、アメリカ人は善良な国民で、実際、USスチールの拠点では地元で日本製鉄の買収を支持する声もあるようです。

 国の経済に貢献するのであれば外資に抵抗しない小国の英国と異なり、アメリカのプライドはビジネスでは割り切れないものがあります。安倍元首相が生きていれば、アメリカに乗り込んで政府トップと見座を突き合わせて対話するでしょうが、そんな首相は日本にいませんし、アメリカにもいません。

 ただ、アメリカが中国化すれば、自由と民主主義、自由至上主義は骨抜きになり、中国の思惑通りの世界になることは確実になってしまうでしょう。アメリカを抜くことしか頭にない中国は執念深く、狡猾に動くでしょうが、ナイーブなアメリカはどう動くのか注視する必要があります。



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安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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