フランスの兵役復活、社会の亀裂を修復する効果はあるのか

 マクロン大統領が昨年、大統領選期間中に公約した兵役復活が具体化しようとしています。今年1月には、南フランスにあるトゥーロンの軍港を訪れた大統領が軍幹部や兵士を前に演説し、兵役の期間を3カ月から半年にしたい案に言及しました。当初、1カ月と言っていた期間が長くなり注目を集めました。

 フランスで2001年に廃止された兵役制度は、10カ月で基本的に軍事基地に配備され、訓練を受けるというものでした。その他、エリート学生には16カ月の海外奉仕活動の選択もあり、在外公館などで勤務することを兵役に代える制度もありました。

 兵役後、予備兵的な登録があり、有事の際にはフランス軍内で支援活動に従事する制度もありました。友人のフランス人は「戦争で人手が足りない場合、駆り出されることもある」などと言っていました。

 廃止になった理由はいくつかありましたが、公式の説明では戦争のハイテク化により、兵の規模よりも高度な軍事兵器を扱える専門知識を持つ人材が必要で、有事の際に10カ月の兵役で訓練を受けた人材を確保する考えは時代遅れという合理的理由がありました。無論、莫大な予算の削減も一つの理由でした。

 では、なぜ、兵役を復活させるのかというと、軍事的理由よりは、兵役がもたらしていたフランス国民としての自覚を植えつける場として、学歴や貧富の差を超えて兵舎という同じ空間を共有しながら、連帯意識や愛国心を育成する効果が期待されているからです。

 兵役は基本的に、命を懸けて国を守る精神を育む効果があり、むしろ、日本のように軍国主義を復活させるリスクの方が肥大化し、愛国教育そのものが批判されるという国は、世界でも希有な国です。

 昨今のテロの頻発に悩まされるフランスでは、移民系の若者が貧困と差別の中で聖戦思想に感化され、テロの実行者になった例が圧倒的に多い。彼らの中には義務教育でさえ、まともに受けずにドロップアウトした例も少なくありません。彼らは国を愛するよりは国を憎み、白人フランス人を敵と見なしています。

 急速なグローバル化の進展で、恵まれた環境で育った能力のある一部のエリートだけが巨額の利益を得たりする状況があり、富が彼らに集中する現象に対策がありません。国民としての連帯感など持ちようがない状況もあると言えます。
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  昨年の仏大統領選で決選投票でマクロン氏と戦った国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首

 そんな状況がポピュリズムを産み、治安を悪化させる移民を排斥するか、アメリカ型の資本主義が流入する欧州連合(EU)から離脱するか、弱者を擁護する社会主義の復活を主張する動きがあるわけです。

 昨年のフランスの大統領選では、EU離脱、移民排斥を掲げる極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン候補が決選投票にまで進み、高い支持を集めた一方、逆にマルクス主義を信奉する極左の「不服従のフランス」党を率いるメランション候補も支持を集めました。

 結局、中道のマクロン氏が大統領に選ばれたわけですが、移民問題や治安、貧富の差拡大で国民の間に生じた亀裂を修復する課題が残り、兵役復活もその中で出てきたと言えます。

 今月初旬には与党議員がまとめた草案で11歳から16歳、16歳から18歳と年齢を区切って1週間程度の公民や軍事を学ぶ場、さらには軍事施設で過ごす体験をする案、さらに16歳から25歳まで自己選択で軍事訓練を受けるなどの案が明るみになり、マクロン大統領の意向と相当異なっていることが話題になりました。

 兵役復活を懸念する声の中には、聖戦主義に染まる若者に兵役で武器の扱い方を教えるリスクを指摘する意見や、愛国教育なら別の方法もあるのではという意見もあります。たとえば英国では市民教育を教育現場に導入していますが、愛国教育としての効果は上げていないという報告もあります。

 もともと多文化社会のヨーロッパでは、国民のアイデンティティ強化や一体感をもたらすには努力が必要です。英国が欧州連合(EU)から離脱する中、統合を進めるEU加盟国も国家主権や国民のアイデンティティ、連帯意識でリセットが必要な状況にあると言えます。



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Author:artworks21
安部雅延(あべ まさのぶ)
フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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